更新日:2023.09.29
2020年以降、コロナ禍に伴う旅行客の減少により観光産業は大きなダメージを受けましたが、その一方で観光公害(オーバーツーリズム)の軽減など予期せぬ効果をもたらすことにもなりました。また、コロナ禍以前からESGやSDGs等の世界的な潮流もあり観光を生業とする事業者にとって持続可能な観光(サステイナブルツーリズム)を考えることは避けては通れない課題と言っても過言ではありません。このコラムでは観光公害(オーバーツーリズム)や持続可能な観光(サステイナブルツーリズム)の概要、関連した国内外の事例について解説したいと思います。
株式会社JTB総合研究所の観光用語集によれば、観光公害とは、「観光客や観光客を受け入れるための開発などが、地域や住民にもたらす弊害を公害にたとえた表現のこと」を指します。観光客の急激な増加によって悪影響が生まれるオーバーツーリズムは観光公害の代表例と言えるでしょう。観光公害への対策として、日本国内の観光地では様々な工夫が施されてきましたが、決して解決には至らないような状況が続いておりました。コロナ禍前の京都や鎌倉において観光客の増加による混雑の常態化やマナーの悪い観光客によるポイ捨てなどが多発してしまい観光地としての魅力を損なう事態になっていたことは、皆様の記憶にも残っているかと思います。コロナ禍による観光客の減少が観光地の経済に大きなダメージを与えたことは言うまでもありませんたが、同時に今後の観光地のあり方を考えるきっかけになったともいえるのかもしれません。
なお「マナーの悪い観光客」は必ずしも外国人観光客を指すものではありません。当然のことながらその中には日本人観光客も少なからず存在しています。「観光公害(オーバーツーリズム)=外国人観光客増加によるもの」と安易に考えないように注意しましょう。
そんなオーバーツーリズムへの対策を考えるうえで重要となってくるのが、持続可能な観光(サステイナブルツーリズム)です。国連世界観光機関(UNWTO)によれば、持続可能な観光とは「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分配慮した観光」と定義されています。
また、UNWTOは、2015年国連で採択されたSDGsについて、「すべての目標に対して、観光は直接的、または間接的に貢献する力があり、持続可能な開発目標の達成に向けて、重要な役割を担っている」と宣言しています。
この持続可能な観光(サステイナブルツーリズム)の考え方は、日本においても例外ではなく、2020年6月には観光庁とUNWTO訪日事務所が共同で「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」を発行し150ページにわたって日本ならではの持続可能な観光の指標等をまとめています。
これら国内外の動向を踏まえると、各地の観光協会や観光事業者にとって、地域の持続可能性に配慮し、観光公害(オーバーツーリズム)を解消することは非常に重要な課題と言えるでしょう。
日本を代表する観光地の一つ、京都は2014年時点での外国人観光客は100万人程度でしたが、2018年時点では450万人を突破し、観光消費額も1.3兆円を記録するようになりました。しかし、急激な観光客の増加はメリットだけでなく、多くの観光公害をもたらすこととなったことは皆様ご存じの通りです。補足しきれない宿泊需要を解消するための民泊流行による生活住民への悪影響や、生活住民も利用する市営バスの大混雑など、普段京都で生活を行う住民にとって観光客の増加が決して喜ばしい状況とは言えなかったことは想像に難くありません。
そんな状況にあった京都も、現在は観光公害を抑制するために数多くの取り組みがなされています。例えば、宿泊施設増加に伴う景観への影響等を考慮したホテル新設の抑制や、民泊への厳しい制限などはその取り組みの一環と言えるでしょう。また、京都市では、2019年よりオーバーツーリズム対策に関するプロジェクトチームを立ち上げ、地域滞在者の位置情報を活用したAIによる混雑予測情報を観光客に発信し、観光地への旅行者が密集しないように分散化を促進するなどのICTを活用した先進的な取り組みも行われています。
現在コロナ禍によって外国人観光客が圧倒的に減少している京都ではありますが、当然ながら、前述したような観光公害への取り組みはコロナ禍終息以降も継続的に行われることになると考えられます。
北海道のほぼ中央に位置する美瑛町は人口1万人の小さな田舎町でありながら、有名な「パッチワークの丘」があり、コロナ禍前は年間150万人以上の外国人が訪れる観光地となっていました。しかし、写真撮影目的で無断で農地に入る観光客が増加したり、大型バスの路上駐車によるトラクターの農道通行の妨害など数多くの観光公害が発生していました。それを防ぐために立ち入り禁止看板が立てられることもありましたが、その看板によって景観が損なわれてしまうこともあり、観光地としての魅力の維持向上という観点ではあまり適切とは言えませんでした。
そこで、本来の美しい景観が損なわれるのを抑制しつつ、観光客の農地侵入を防ぐために考え出されたのが「畑看板プロジェクト」でした。畑看板プロジェクトにおいて設置される看板は、写真に入れたくなるようなデザインだけでなく、オンラインショッピングサイトやメッセージ動画につながるQRコードや農家の想いが綴られたSNSページへのQRコードなどが表示され、景観を損なわずして農家からのメッセージを旅行者に直接伝えられるような仕組みが施されています。これは地元農家10人が協力して立ち上げられたクラウドファンディングのプロジェクトでしたが、3日間で100万円の目標額に達成し、プロジェクト遂行にいたりました。明確なデータはないながらも、実際に畑看板の設置によって観光客の侵入を一定程度防ぐことはできているようです。
これらは、単純に旅行者の農地侵入を防いで農家側の主張だけを通すのではなく、農家側のメッセージを旅行者に適切に伝えたうえで、旅行者と農家が共同で観光地をより良い場所にしていく好事例と言えるでしょう。
1987年に世界遺産に認定されたイタリアの都市ベネチアは人口約5万人の地域である一方、年間約3000万人もの観光客が訪れることで環境や景観を壊しているなど、長年に渡って大きな問題となっていました。コロナ禍によってベネチアでも旅行者は減少しましたが、むしろそれによって運河の水がきれいになるなど、ベネチアの住民にとってプラスの効果が大きいことも事実のようです。
コロナがひと段落し、国境を越えた旅行者の移動が活発化している現在では、コロナ前まで回復していることで再度オーバーツーリズムが深刻化し、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関イコモスなど世界遺産の状況を評価する複数の専門機関は、「危機遺産リスト」への登録を勧告しました。理由としては、気候変動やオーバーツーリズム(観光公害)等、街の保全に関する政府や市の長期的な対策の欠如や、これまでの対策の効果の乏しさを挙げました。危機遺産には現在約50カ所が登録されていますが、紛争地などの世界遺産が多く、先進国の危機遺産はまれです。登録されれば、イメージの低下で観光に悪影響が出る恐れもあります。高潮による浸水を防ぐ可動式水門「モーゼ・システム」や、来年から導入される入場料などの観光制限への取り組みが評価され「危機遺産リスト」への登録は見送りましたが、ユネスコは市の保全にはなお努力が必要と指摘しています。
【ベネチアの課題】
【ベネチアの解決策】
ベネチアのように、「観光地の質の向上」に向けて「観光客数の制限」を実施するなかで、「入場料」「観光税」の導入や「旅行者の分散」がひとつの対策となり、運用としてはデジタルツールの活用によるオンラインでの「チケット販売」や「事前予約制」が有効的な手段となります。「JTB BÓKUN」はオンラインによるチケット販売や、事前の予約決済が可能なプラットフォームです。同じようなお悩みを抱えている地域や入場施設の方々は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
このコラムでは観光公害(オーバーツーリズム)についての概要、各種対策の事例を共有させていただきました。本来、地域にとって経済効果が大きい観光ですが、過剰な観光客数や一部のマナーの悪い観光客の存在によって観光地の魅力が低下させられてしまっていることも事実です。コロナ禍を経て新しい生活様式が生まれている今だからこそ、観光産業も、「量から質への転換」や「観光客への責任感ある行動の促進」などの新しい考え方を取り入れ、持続可能な観光(サステイナブルツーリズム)を目指していくべきなのかもしれません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
参考ページ:
“観光公害の現状と対策 -京都で何が起こっているのか” 公務員総研 2020年7月12日
https://koumu.in/articles/200707
“観光客急増に対して京都市が打ち出した具体策、市バスの混雑対策からAIによる予測活用まで” トラベルボイス.2020年1月6日
https://www.travelvoice.jp/20200106-144107
“インスタ映え 美瑛の“農地”を荒らす観光被害解消へ…あえて 「立ち入り禁止」と書かない看板に共感” FNNプライムオンライン 2019年6月27日
https://www.fnn.jp/articles/-/10147
“農家が観光公害対策へ 美瑛町の誇る農業景観守れ 畑看板プロジェクト” 旬刊旅行新聞 2019年6月28日
http://www.ryoko-net.co.jp/?p=58368
“イタリア・ヴェネツィアの観光公害に住民が疲弊。現状とオーバーツーリズム解消への取り組み” WEELS 2021年4月19日
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